2023年3月1日に文庫版『名探偵のはらわた』が刊行されるのに合わせ、少しだけ本作の裏話を書いてみたいと思います。ミステリーとしてのネタバレはありませんが、本作の趣向にかなり言及しているため、気になる方は読了後に目を通して頂けますと幸いです。
『名探偵のはらわた』には、それまでの作品と違っていたことが二つありました。
一つは着想のきっかけです。本作の単行本が刊行される数年前、編集者の方に、漫画の原作をやってみないか?と声をかけて頂いたことがありました。その編集者は“エグめ”のストーリーを考えてくれる人を探しており、面識のあった自分に声をかけてくれた、とのこと。それならと思い、漫画にしたら面白そうなアイディアをいくつか考えて提案しました。
その中の一つが「戦中戦後の犯罪者たちが儀式によってよみがえり、現在の世界で大暴れする」というものでした。迂闊な若者たちが何やら恐ろしいものをよみがえらせてしまう、という展開から『死霊のはらわた』を連想し、『名探偵のはらわた』という仮のタイトルを付けました。
この漫画原作の話は実現しなかったのですが、『名探偵のはらわた』のアイディアは気に入っており、本格ミステリーとしても新しい挑戦ができそうな予感があったため、小説として構想を練り直し、書いてみようと決めました。
もう一つ、『名探偵のはらわた』がそれまでの作品と違っていたのが、執筆の環境です。ぼくはこの作品の準備をしていたタイミングで会社を退職したため、この作品で初めて、専業作家として原稿を書くことになりました。
専業作家・兼業作家にはそれぞれメリット・デメリットがあり、どちらが良いと言えるものではないと思いますが、それでも本作の原稿を書いている時間は、執筆に集中できる喜びをひしひし感じていました。一方で会社を辞めたことによる懸念もあり、この環境がどれだけ続けられるか分からないのだから、できることを精一杯やろう、という思いで原稿に向かっていました。
そんな理由もあり、『名探偵のはらわた』は自分にとって重要な、思い入れのある一冊になりました。
なお2022年に刊行した『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』は、『名探偵のはらわた』の姉妹編にあたる作品です。この二作はある共通の趣向を持っているのですが、物語が直接繋がっているわけではないので、『名探偵のはらわた』から読んでも、『名探偵のいけにえ』から遡って読んでも問題はありません。今回の文庫化を機に本作を手に取って頂いた方にも、ぜひ謎解きの物語を楽しんで頂ければ、と願っています。
(2023/2/20)