『名探偵のいけにえ』刊行に寄せて

2022年9月15日に刊行される『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』について、少しだけ裏話を書いておきます。前作『名探偵のはらわた』のネタバレが少し含まれます。

この作品を構想した動機は二つあります。

一つは、前作『名探偵のはらわた』でできなかったことをやろうと思ったこと。『はらわた』は実際に起きた事件を題材に、現代に甦った犯人たちと探偵が対決する、という話でした。過去の事件を調べ、そこに含まれる要素から謎解きミステリーを構築する試みはとても面白かったのですが、作品の構造上、一つひとつの事件についてはダイジェストのように描くことしかできませんでした。『はらわた』は自分でもとても気に入っている作品の一つなのですが、一方で、次は一つの事件を内側からより丁寧に描いてみたい、という思いが生まれました。

もう一つは、直球の本格ミステリーを書きたいと思ったこと。これにはきっかけがあります。前作『はらわた』の仕上げをしていた頃、担当編集者のOさんの上司だったAさんが、挨拶に来てくださいました。雑談の中で年齢の話になり、ぼくがもうすぐ30歳だと言うと、Aさんが「綾辻行人さんが『時計館の殺人』を書かれていた頃ですね」とおっしゃいました。決して発破を掛けるつもりだったわけではないと思いますが、本格ミステリーのマスターピースとも言うべき作品がほぼ同じ年齢で書かれていたことを知り、それに比べて自分は……と頭を抱えたい気持ちになりました。その後、『はらわた』を担当いただいたOさんがご転職され、Aさんに担当して頂くことになったこともあり、ここは一つ、全力で直球の本格ミステリーを書いてみようと思い立ちました。

そんなわけで、本作は前作『はらわた』のアイディアや世界観を受け継ぎながらも、自作の中ではもっとも真っすぐな本格ミステリーに仕上がったのではないかと思います。他にも執筆中に考えたことはたくさんあるのですが、ネタバレになってしまいそうなので控えておきます。読者の方に一瞬でも現実を忘れて謎解きの物語を楽しんでいただければ、これに勝る喜びはありません。

ときわ書房本店さんの店頭やオンラインストアでサイン本を購入いただくと、おまけの『殺人鬼のいけにえ』が付いてきます。こちらもぜひよろしくお願いします。

(2022/9/2)

shirai tomoyuki

作家。『人間の顔は食べづらい』で2014年にデビュー。 このWebサイトでは刊行情報などを掲載しています。